南伊豆風車紀行(2)2010/01/22 15:14


幸か不幸か、この日はほとんどの風車が回っていませんでしたが、近隣の人たちの声を聞いたり、変わってしまった風景を見るために、南伊豆町の中を回りました。

海沿いの道に出た途端、こんな光景が車の前に現れます。↑↓


これを「観光資源」と考える人がいるとは……


大瀬漁港から見た風景


…………きれいに…………


「冗談みたいな景色だよね」と、港にいた人がつぶやいていた


……近い……


山から山へと渡る送電線。これだけでも十分不愉快な景色


この集落は背後に風車群を抱え込む形に


軽自動車がぎりぎり通れるような細い道の両脇に家が建ち並ぶ


風景を見ているだけでなんだかめまいがしてきた


風車を眼前に、「子供たちのことをなぜ考えないのか!」と嘆く住民





この集落に住むひとりは、かつて産廃処分場問題で苦労されたそうで、ここに引っ越してきたとき「これだけ道が細ければトラックも通れない。ここなら産廃も来ないだろう」と考えたそうです。
ところが、山の反対側から風車が……。なんとも悲しい話です。

集落の一番奥に住むかたとお話ができました。
この家からいちばん近い風車までは540m。その風車も含め、家の背後に風車群が迫っています。
ところが、このかたのお話は驚くべきものでした。
試験運転が始まるなり、奥様がたちまち胸の圧迫感や頭痛、吐き気など、典型的な風車病(超低周波振動によると思われる健康被害)の症状に襲われたのですが、それがひどいのは、目の前の近い風車ではなく、北東方向にある1km離れた風車が回っているときだというのです。
試験運転中は、すべての風車を稼働させているわけではなく、何基かは止めて、何基かを動かすということを繰り返しやっています。
止めた風車の羽根(ブレード)は、羽根の付け根を回転させて、風を羽根に受けないようにします。
風が、 ↓↓ こう吹いてくるとすると……、
羽根を風に向かって(つまり風車の正面に対して) / ではなく、| のように傾けて、風をそのまま素通りさせるわけです。
風車を真上から見たとして、

   ↓↓↓      ……風がこう吹いているとき、
    /       ……ブレードの角度がこうなっていると風を受けて回るわけですが、

   ↓↓↓      ……風に対して、
    |       ……このように羽根をまっすぐにしてしまえば、

風は通り抜けてしまい、ブレードはほとんど回らない、というわけです。
ですから、止まっている風車は、回転していないだけではなく、正面から見たとき、羽根が細くなっているので分かります。
いちばん近い風車(家から540m)がぶんぶん回っているときは、音はすごいものの、身体が受けるダメージはそれほどでもなく、それが止まっていて、北東方向の1km離れた風車が回っているときのほうがダメージがはるかに大きいというのです。
これは予想もしていなかった話でした。
風車の低周波被害は、単純に近ければ近いほどひどいだろうと思っていましたが、そう単純なものではないということなのです。
問題の1km離れた風車というのは、そのお宅からはある場所に立つと、山と山の間に姿が半分くらい見えてきます。おそらく、そこから家までのびる谷戸が、バックロードホーンのような働きをして、低周波の通り道になり、あるいは増幅させるような効果を持っているのかもしれません。

似たような証言は他の家でもあり、風車が山陰に隠れて見えない、1.5kmくらい離れた家では、その見えない風車からの音は聞こえないのですが、回っているとき、ぴったり連動して住民が吐き気や胸の圧迫感、頭痛、耳鳴り、目眩などに襲われていることが分かったそうです。
そのかたは、当初、見えない風車のことなど気にしていなかったのですが、昨年暮れから急に、そして、あまりに頻繁に気持ちが悪くなるので、体調がおかしくなる時間帯を記録していたところ、それが風車の稼働している時間とぴったり重なったのです。

今、風車の周辺の住民たちの間では、様々な疑心暗鬼が渦巻き始めています。
はっきり聞こえない音で体調がおかしくなることなどあるのだろうか……。しかし、風車が稼働してから、突然、身体がだるくなったり、音もしないのに圧迫感に襲われて眠れなくなったり、吐き気や頭痛に襲われることが多くなった。これはやはり風車のせいではないのか……。しかし、風車が目の前にある××さんの家などと違って、我が家は風車が見えない、少し離れた場所にある。うちでクレームなど言いだしたら、まるで補償目当てのように、変に思われるのではないか。村八分にされるのではないか……。いやいや、△△さんの家は、黙っているけれど、業者とこっそり示談金交渉をしているらしい。うちも黙っていたらバカみたいだ……。

静かに仲よく暮らしていた住民たちの間に、こうした、声にならない声が溜まっていっているというのです。
一人の住民はこう言っています。

「風車への恐れは時間と共に疲れとなり、やがては、大きな渦の中で諦めに変わっていくんです。周りの人たちがそうなっていくのを、今までずっと見てきました。
風車直下の地区は勿論のことですが、風車から遠く離れていても、送電塔や送電線埋設の問題が出現した地区などでは、平和だった土地の住民が利害を巡って無理矢理二分され、不和が生じ、人々の中でどんどんタブーが増えていくんです。
地区が二分しないようにどんなに気をつけても、一旦受け入れてしまい、異常な事業が続けば、二分は避けられません。しかも、それは風車がそこにある限り、ずっとつきまといます。
伊豆のあちこちですでにそうした問題が生まれてしまいましたが、稼働が続き、苦しむ人が増えていけば、さらに根は深くなります。
それをまのあたりに見続けてきました。悔しいですが、全部予測できたことなのに、結局は何もできず、何も救われず、ここまで来てしまいました。
試験運転で風車が稼働した途端、それまでの精神的な苦痛以上に、現実的な身体の苦しみが襲ってきて、今はもう、思考もまともに働かず、ただただ疲れ、打ちのめされ、逃げまどうだけの日々です」

風車はまだ試験運転の段階で、本格稼働はこれからです。一部をこわごわ(?)動かしている今でさえこれだけの被害が出ているのですから、全機が一斉に動き始めたら一体どういうことになるのでしょう。
町はすでに、苦情や相談は事業者との個別交渉へと導き、諸手を挙げて誘致した自分たちの責任から逃げることで精一杯のようです。
隣の下田市は、市長が風車を拒否する姿勢を貫いていて、住民説明もろくにしないまま、早い段階で誘致した南伊豆町とは対照的です。行政の責任者がどれだけまともな感性、判断力を持っているかで、住民の運命はこうも違ってくるのだと、痛感させられます。

別の住民(70代くらい?男性)は、私の目をまっすぐに見つめ、繰り返し繰り返し言っていました。

「建てられてしまったらおしまいです。何を言っても、何をやってもだめ。とにかく、絶対に建てさせないこと。建てられたらもう遅いんです」

このかたは、ご自分は今のところ目立った体調異変はないそうですが、奥様がたちまち体調を崩し、今は半別居状態になってしまいました。
彼はまた、こうもおっしゃっていました。

「ぼくは今のところ元気だし、ひとりでもここに住んでいこうと思っているけれど、小さいお子さんやお孫さんがいらっしゃるかたたちがしっかり声を上げないのが不思議でしょうがない。孫子の時代のことを真剣に考えていないんじゃないですか。子供たちが住めないような土地にして、どうするんですか」

本当に、この町はどうなっていくのでしょうか。ゴーストタウンになるのか。それとも、風車病の町として有名になるのを恐れ、残った住民たちが箝口令を敷き、どんどん閉鎖的になっていくのか……。
町の中を回っているうちに、見たくないものを見てしまった、知りたくないことを知ってしまったという、何とも言えない重たい気分に襲われていきました。
そう、まさにこの感じ、このどんよりした空気が、今、全国の風車現場で広がっているのです。わが村でも、まったく同じです。



目の前のこれらの風車が回っているときより……


右端の山と山の間に見えている遠くの風車が回ったときのほうがダメージが大きいという



山の中に入っていく道を進むと、風車の建設現場の爪痕も見ることができます。
この沈砂池↓は、工事のとき、大量の泥水が海や住宅地に流れ込んだため、対策として作られたものですが、大雨の後はこれがあふれてしまい、さらにもう一つ作ったそうです。
これも全国の風車建設現場で起きている典型的な公害。滝根小白井ウィンドファームでも、建設中から降雨後の泥水流出がひどく、下流の夏井川では岩魚や山女が産卵できなくなり、夏井川漁協が事業者に補償を求めました。



沈砂池ひとつではとても間に合わなかった泥水流出公害


ここもこんなに近くに……


頑張って声を上げている人たちもいる


「お尻(ナセル)がこっちを向いたときが怖い」と住民は言う。
自分の家が風車に対して風下になったとき、という意味だ


強風や落雷で羽根がちぎれ飛んだときは、この道など直撃の可能性もある


風車と風車の間隔が狭すぎて、相互干渉は必至だろう
「建ててしまえばなんでもいい」という姿勢が見える



間近に風車を見ているうちに、だんだん気持ちが悪くなってきてしまいました。見ているだけで気分が悪くなるのですから、ぶんぶん回っているときはどういうことになるのか……。
車で通過する人は、「下田を過ぎたあたりで気分が回復した」という人もいるとか。なるほど、よく分かります。

(その3へ続く)

南伊豆風車紀行(1)2010/01/22 14:49

南伊豆の風車現場を見てきました。
日帰りのつもりだったのですが、風車が目の前に建ち、もはや住めなくなってしまったご夫妻の家に一泊させてもらえることに。
これが泊めていただいた離れの中↑
できたばかり。細部にまでこだわりを感じられるすばらしい家です。驚くことに、これは全部自力で、何年もかけて作ったものなのだとか。
将来、お母様の隠居所として造った離れなので、ベッドはひとつ。トイレ、キッチン、シャワールームがついています。母屋も含め、材木の多くは、近隣の林の間伐などで切り倒した木を自分で製材して使ったのだそうです。
ものすごいエネルギーだなあと、ひたすら感嘆するばかり。
川内村の友人たちも、家は自分の手で作ったというケースが多く、「家は自分で建てるもの」という感覚には慣れてしまっているのですが、母屋も含め、これは、今まで見てきた中でも、特選クラスの「作品」です。

夕方出発したのですが、伊豆半島の付け根から先端までは、どう頑張っても2時間以上かかります。着いたのは夜9時近かったでしょうか。
真っ暗で風車は見えません。山の上に警告灯が点滅していて、ああ、これか……と分かっただけ。
闇の中でも、距離があまりないことだけは感じられました。
数日前まで、ぶんぶん回っていて、家の中にはとてもいられない状態だったそうです。ところが、昨日今日はピタッと風がやみ、嘘のような静けさに。まだ試験運転中ということもあり、風車群(2000kw×15基)の大半は止まっていました。
ほっとしたような、経験できずに残念なような……。
おかげで、この夜はしっかり安眠できました。

……で、翌朝、窓を開けてビックリ。

カーテンを開けると、いきなり目の前に風車が……


外に出て確認してみる。はああ~……


直線距離は440m


かなり大型の猛禽類が一羽、のんびりと止まった風車にまとわりつくように飛んでいた


これじゃあ、バードストライクも起きるわけだよね


遊んでいるつもりなのか、偵察のつもりなのか……




風車からの送電線と鉄塔は、ヘリコプターが空中輸送して建設したものです。
ああ、これが……と、見上げながら、昨年(2008年)3月末、ケータイから打たれた11KB(400字詰め原稿用紙20枚以上!)のメールを受け取ったときのことを思い出しました。あまりに悲惨な内容に、思考が停止してしまうほどの衝撃を受けたものです。
一部を抜き出してみます。(転載についてはご本人の承諾を得ています)


私の家は海から1.5km程離れた小さな山合い、風のよく通る谷に位置します。
ホールのように円く山に囲まれた地形なので、鳥のさえずりがそのホール状の谷をサラウンドし、夜には洋上沖を通過する船の音が風に乗って届いてくるところです。
何もない、手つかずの小さな自然の残る地です。

私達夫婦はIターン組、つまり移住者です。

こつこつと自分達の手で何年もかけて建てた家で、住みながらつくりました。
なんだかんだと十数年経ちまして、やっと落ち着いた日々となったところでした。年老いた母もゆっくり住めるようにと、次につくり始めた2棟目ができたばかりのところです。

1年前のある日、どうも山がざわつく、何かおかしい。こちらからは見えないが山の裏で何をやっているンだろう?…と気付き、町に尋ねて初めて、風力発電施設建設位置が自宅から近い事を知りました。
すぐさま事業者を呼びつけ問い正したところ、なんと、石廊崎から大瀬という地域にかけて、小さな山並の尾根を広大に削って風車が17基。それも景観にそぐわないほど巨大な風車(ベスタス・2.000kw・120m高・ブレード直径80m)を建てると言うのです。
その17基のうち6基が我が家の1km圏内にありました。

冬に吹く強い西風をあてこんで建てられる風車群の真東に我が家は位置しているので、全ての風車の風下となります。

そのうちの1基は家の正面目の前、190m高しかない小さな山の頂上を削って建てるとの事、そこから家までの間に遮蔽物は一切ありません。風車からの距離はタワーの中心ポイントから測って、たったの440メートルです。遮蔽物のない小山なので、体感距離はもっと近く感じます。

我が家は全窓西向き、西を正面とするので、全部屋のどの位置からもその巨大な風車1基は、すぐ目の前にそびえ覆い被さる形となります。
その風車のすぐ後ろに自宅から800mの距離でもう1基。正面左手には1kmで2基、正面右手にも1kmで2基と囲まれます。
(中略)
その上、こちらから問わなければ事業者は何も明らかにしないので、しばらくは知りませんでしたが、17基全ての風車が発電した22,000ボルトの電気を送る「高圧線」が、その目の前の山から走るとの事。
風車で満杯になってた頭の中に、追い討ちをかけるように「30m高の送電塔と送電線」までもが、自宅から200mの距離で正面から右手を囲むように数基建てられる事を知った時には本当に打ちのめされました。

私達は目の前に回転する巨大な人工物を建てられ、後ろに5基も控え、その風車群に囲まれた上に22.000ボルトの高圧線と送電塔にまで囲まれるのです!!

その後、その送電塔を建てる方法がヘリコプター建設である事を知ります。

目の前の山の後方に仮設ヘリポートができ、部材を吊り下げた低空飛行のヘリコプターが半年近くも往来するわけです。
なんと!我が家はヘリルートにすっぽり入っておりました。

(中略)

不安とやって来る苦痛を訴え続け、危惧の大きい号基の取りやめと送電塔の移動を申し入れ続けた1年でした。

いよいよ事業者側の工期が差し迫ると、こちらの要望は軽くはねのけ、「これ以上話をしても協議にならないと判断した。工期として進めないといけない時期に来たので、そろそろ工事に入る事を通告する」と一本の電話をよこしたきり、いきなり翌々日から目の前の山の岩を砕く物凄い音が谷合いをサラウンドし始めたのです。
この3月頭の話です。

現在、風車が来る前にもう既に耳の奥が痛い毎日です。
(後略)



人間、ひどい光景を見たり、あまりにも理不尽な話を聞いたりすると、ああ、これ以上知りたくない! と、拒否反応を起こします。あのときの私は、正直そんな感じでした。
ひどい話、悲しい話、やりきれない話は、世界中にいくらでもあります。アフリカの難民が飢え死にしているというようなニュース映像に接するときも、私だけでなく、似たような反応を示す人は多いと思います。
自分には何もできない。たとえ何か小さなことをしたところで、原因を作っている根本の部分(為政者の横暴や、権力者の金儲けのために弱い立場の人々の暮らしや命が犠牲になる社会の構造などなど)が変わらない限り、理不尽な不幸は際限なく再生産される……。
しかしこれは遠い国の話ではありません。同じことが、今、自分の住む村にも起きようとしている。
自分がそうなったときはどうすればいいのか、と想像するのが精一杯でした。

あれからまだ1年経っていません。風車群は完成し、昨年末から試験運転に入りました。
今、目の前に見えているのがそれです。
この日の穏やかすぎる天候と、のんびりした鳥の動きが、悲惨な現実とどこか乖離していて、「どうしようもないなあ」という、諦めの気持ちがどんどん広がっていきました。


母屋の玄関から見る風車


今日は回っていないので、猫ものんびり


リビングの窓から見える風車


移り住んで十数年。住みながらこつこつ自力で建てた家


この朝は風車が止まり、無事、朝食の準備もできたけれど……

このお宅で、今何が起きているのか……。
風車が回り始めると、このLDKにはいられなくなるそうです。
先日いただいたメールにはこうありました。


からだに与えられる風車からの影響は予測以上のもので、勿論…もはや安全・安心・健康なる居住空間ではなくなり、住める状態ではないというのが現実です。 (略) 生活環境だけでなく、生活基盤が根底から覆されています。 冬場の現在、伊豆半島はほぼ西の風となるのですが、我が家は風車全機の東側に位置し、生活時間が一番長い中心スペースであるリビングとキッチンが酷い環境となってしまいました。 私は船に弱いのですが、リビングとキッチンで船酔いです。脳みそから揺らされている感覚で頭の中が一杯になるので、キッチンにいると食事を作る段取りさえ組めなくなるのです。目と胸が圧迫され続ける感覚が、船酔いの上に乗っかる感覚で、吐き気が襲って食事が取れず、まだ症状がそう酷くない主人に頼んで毎回外食をしに連れ出してもらいます。 寝室は、不思議なことにキッチンやリビングほど、ぐるぐると撹拌されている感じや圧迫感は少ないのですが、全窓が風車に向かっている為、これがまた夜中の風切り音で眠れないのです。風切り音が弱くなって眠りにやっと着いたと思ったら、1時間もしないうちに再びジュワッ・ジュワッという刻み音に起こされてしまいます。
音は大きかろうと小さかろうと、同じ箇所で針が飛んで繰り返し戻るレコードor CDを聴かされているようで、自分の意思でOFFにできず毎晩眠らせてもらえないのは拷問だなぁ…と実感しています。
現在の回避策として眠る為には毎晩夜中に車を使って音源から離れる以外にありません。


実は、お宅を訪問する直前、「今から少し家を出ています。到着される頃までには戻りますので……」というメールがあったのですが、後で聞くと、ちょうど風が出てきて風車が回り始め、LDKにいるのが耐え難くなったために一時的に家から離れていたのだというのです。
お二人は、もうこの家を捨てて出て行くことを決断しています。それはそうでしょう。

自らの手で作り上げた家を捨てるというのは、単純にお金で換算できることではないでしょう。
しかし、事業者が補償に応じるのかどうかという基本的な問題すら、今は何も見えてきていません。
60代に入ったご主人は、どこかでまたゼロから始める気持ちは十分あると明るい顔でおっしゃっていました。
すごい人だなあと感嘆するばかりです。僕にはとてもとても、そんな元気はありません。
(その2へ続く)

これ以上資源の無駄使いはやめてください2009/11/20 14:27

白滝山(山口県)のウィンドファームは、今年の補助金申請でCEF案件としては唯一(継続で)認められたものですが、ついに20基全部が建ってしまいました。(上の写真はサイト運営者に使用許可を得て転載しています)。
この景色を見て、おかしいんじゃないかと感じない人は世の中にどれくらいいるでしょうか。

白滝山もそうですが、最近、巨大風車ブレードが「自然落下」?したのではないかという報告が全国あちこちから入ってくるようになりました。
白滝山の現場でも、実際ブレードが1枚落ちたままの風車が写っていますね↓

↑羽根が1枚ない
青山高原のウインドパーク美里(2000kW×8基。ガメサ製。ローター直径80m)でも、一基のブレードが今年(2009年)8月中旬に、突然、なんの原因らしい原因も考えられないまま落下したという情報が伝わってきています。目下、新聞記者が取材しているとか。
ウインドパーク美里は、8基のうち6基が今年2月から故障した(昨年9月から故障したままのものもある)まま放置されているという、惨憺たる状況を呈していますが、事業者はさらに隣接地に増設を計画しています
民主党の「事業仕分け」に、なぜこうしたものが入ってこないのか、不思議でなりません。

言動には責任を持ってください

最近、WEB上で私の名前をあげて誹謗しているブログなどが増えてきました。
それはともかく、村の中では、「村の将来を考えて、リスクが大きすぎる。私の責任で風車は受け入れられない」と明言し、各地区の住民に説明して回っている村長に対して、建設業者たちが「風車を受け入れるように」という要望書を提出するとか。
住民が首長に対して「風車を受け入れないでほしい」という要望書を提出している他の土地とはまったく逆ですね。恥ずかしい限りです。
自分たちに金が一時的に落ちれば、他の村民が暮らせなくなってもいい。村に人が住めなくなり、村が滅びてもいいというのでしょうか。村が存続できなくなって、土建業者だけが生き残るなどということはありえないのに。
彼らは、風車を受け入れたらどういうことになるのか知ろうとしませんし、説明しても聞く耳を持ちません。
挙げ句の果てには、風車に反対するなら村を出て行けとまで言います。

こうした言動をする人たちは、結果に対して自分が一生をかけて責任を取っていく覚悟があるのでしょうか。WEB上に好き勝手なことを書いている人たちにも、同じことを申し上げます。
私は実際に仕事を失うのと引き替えにこれを書いています。人間として、そうせざるをえないからです。
イメージにとらわれ、風車賛美を繰り返す人たちは、自分たちの過ちに気づいたとき、どう責任を取るおつもりなのでしょうか。

『日経エコロジー』2009年12月号に風車の健康被害についてルポを書いたルポライターのかたは、実際に、田原市の被害者宅に一泊し、夜中に目が覚めてしまうことや、翌朝、頭痛で目覚めた体験をもとに記事を書きました。
水俣市長は、議会で風車問題について質問され「それは私がこれから実際に伊豆や川内村を訪ねてから決める」と答弁し、実際、九州から遠路はるばる、我が川内村までやってきました。
川内村村長も、自ら伊豆半島まで足を運び、被害を受けている人たちに直接会って話を聞いています。
みんな、自分の言動に責任を持つため、実際に自分の身体で動いています。
その現場に居合わせもせず、データの裏を取ろうともせず、自分が信じたい情報だけを鵜呑みにして風力発電賛美を続けることは、犯罪に荷担しているのと同じです。
まずは立ち止まり、自分が「常識」だと思いこんでいる情報や知識がどれだけのものなのか、確認してみてください。
スマートグリッド、新型蓄電池……結構でしょう。しかしそれらは現段階では、「こうなればいいなあ」という願望に近いものであり、検証されたもの、実現できたものではないのです。
物理学の基本を無視した計画は、実現できません。
スーパーマンが石炭をぎゅっと握りしめてダイヤモンドに変えるというシーンがありましたが、そういうアイデアは、物理法則を無視した願望、妄想にすぎません。

エネルギー問題を「イメージ」でとらえてはいけない

エネルギー問題は、投入エネルギーに対してどれだけのエネルギーを取り出せるかという計算問題です。ところが、新聞の経済記事や科学技術記事でさえ、投入エネルギーのほうがはるかに大きくなり、採算が取れない技術を「夢の新技術」「新エネルギー」などと持ち上げているのをよく目にします。
こうなると、記事を読む側も、冷静に、日常生活の中で普通に培ってきた「まともな感覚」を呼び覚ませながら読むことが必要になります。
例えば、電池というのは、そもそも効率が極度に悪いため、移動用の電源など、固定電源が取れない場合にやむを得ず使うものです。そんなことは、現代人なら誰もが感覚的に分かっていることだと思うのです。
ところが、固定の発電所で起こした電気を溜めておくために電池を使うという話を「新技術」だと言われると、「それはいい!」と鵜呑みにしてしまう人がたくさんいます。これが、スマートグリッドなどという、素敵な呼び方がついてくると、なんだかよく分からないがすごいものなんだな、早く採用しろ、という気分にさせられるようです。
スマートグリッドという考え方は間違っていませんし、どんどん新技術を開拓していくことはよいことです。しかし、手段と目的が逆になってしまうことが多いことが問題です。送電網の総入れ替えとか、蓄電施設の建設とか、高温超伝導ケーブルであるとか、いろいろなアイデアが出てくること自体はいいのですが、そのために従来より多くのエネルギーを使ってしまうのであれば意味がありません。

エコカー減税などのてこ入れで売り上げが伸びているハイブリッドカーにしても、なぜ採用が高級乗用車ばかりなのか、考えてみたことはありますか。
ストップ&ゴーを繰り返し、トータルでは大変な燃料を使う都内のタクシーがどんどんプリウスに代わっていくのは当然のことでしょう。タクシー業界は競争の厳しい業界ですから、きれい事では動きません。実際に計算してみて、プリウスのほうがコストがかからないという結論を出したから導入するのです。多分、これは正しい選択でしょう(耐用年数の問題がまだ完全には実証されていないかも知れませんが)。
しかし、長距離輸送用のトラックや、その他商用車がハイブリッドカーに置き換わることはあるのでしょうか? 本当にエネルギー効率がよいというのであれば、そうした車ほど置き換わらなければ変ですよね。
日産は来年、高級車フーガにハイブリッドカーを投入すると発表しました。
省エネ型の小型車や、必要不可欠の商用車ではなく、お金持ち向きの高級乗用車をハイブリッドにするというのです。
高級乗用車の買い換えは、乗れなくなったからではなく、オーナーが「飽きたから」行われることがほとんどです。2万キロも走らずに自家用乗用車を買い換えてしまう裕福層にハイブリッドカーが売れても、地球規模の資源節約には結びつきません。大して乗らない車なら、あと10年、そのままずっと持っていてくれたほうが、資源節約に貢献するはずです。お金持ちが休みの日にしか乗らないような車がプリウスに置き換わったとしても、プリウスを新しく1台生産するのに使った資源やエネルギーのほうが、今までの車を乗り続けたときに使う燃費との差が生み出すエネルギー減よりはるかに大きいであろうことは、誰が考えても明らかなことです。
また、リチウムなどの、ただでさえ希少な資源を、自動車用のバッテリーに大量に使い続けることに不安はないのでしょうか。リチウムは石油以上に産出場所が偏在し、遠くない時期、枯渇するのが目に見えている資源です。
希少資源は、通信機器などのために、大切に大切に使っていかなければなりません。大型蓄電池に使う希少資源をケータイなどのバッテリーに使えば、一体何個分に相当することでしょう。

ここでもう一度、では、自動車よりはるかに巨大な、かつ、電気を作る大本である発電所という施設に電池を据え付けるという発想がまともなものかどうかを考えてみてください。
普通に考えれば、「おいおい待てよ……」と気づくはずです。しかも、風力発電で発生した電気を溜めるという電池の寿命は、風車よりも短いのです。冬の夜間に風車が勝手に発電した電気を、真夏の需要増大時にまで蓄電してとっておくとでも言うのでしょうか。馬鹿を言うのもいい加減にしてほしいものです。

今の文明を長続きさせるには、都合のよい「技術信仰」に期待するのではなく、なくなることが分かっている貴重な資源を少しでも大切に、長く使いながら、ソフト面での文明を発展させ、人間の欲望を満たしていく、幸福感を得る方向にシフトすることが不可欠です。
エコ替えなどといって、今使っているものを捨てさせてまで新しい需要を喚起し、従来型の大量生産・大量消費型の文明を維持しようとするのは間違っています
今使えるものを極力長く使いながら、新しいアイデア、ソフト、ひいては「思考や想像の喜び」を生みだしていく。それ以外、今の文明を長続きさせる道はないと、私は考えます。
困難な道であっても、現実から目を背けていては、文明の寿命を縮めるだけです。
風力発電賛美、新エネルギー信仰(振興ではなく「信仰」)は、従来型の大量生産・大量消費型文明の終焉を認めたくない人たちが悪あがきし、滅亡を早めるだけの愚行です。
これ以上、貴重な資源を浪費し、大切な自然環境を破壊する行為はやめようという声を、一緒に上げようではありませんか。

川内村用パンフレット第二弾2009/10/12 20:20

川内村および周辺の住民に説明するためのパンフ第2弾を作成しました。印刷するのに5日ほどかかるので、先にWEB上でPDFファイルにてダウンロード可能にしました。↓クリックするとダウンロードできます。 http://no-windfarm.net/kawauchi2.pdf

経産省に風力発電への補助金凍結要望書を提出2009/10/12 11:26

増子輝彦経産省副大臣に要望書を渡し、内容を説明する加藤登紀子さん
副大臣室で増子輝彦経産省副大臣に要望書を渡し、
内容を説明する加藤登紀子さん(09/10/07)


2009年10月7日、私たちは、加藤登紀子さん(国連環境計画特使)の呼びかけに応じ、経済産業省に対して、以下のような要望書を提出いたしました。
経済産業大臣 直嶋正行様

■風力発電施設への補助金交付制度の抜本的な見直しを要望いたします

 ここ数年、日本各地に大型風力発電施設が次々に建設されるようになり、それに伴い、深刻な自然破壊、騒音・低周波音等が原因と思われる近隣住民への健康被害が報告されています。
 定格出力が2000kwを超えるような大型風力発電施設建設は、世界的に見ても、ごく最近始まったものであり、ましてや日本においては、法規制が事実上ないに等しい状態です。
 その一方で、「環境に優しいクリーンなエネルギー」「地球温暖化対策に不可欠」といった理由で、補助金制度や、発電した電力の高額買い取り義務などの法制化を先行させたため、事業者は「発電実績は二の次で、建ててしまえば勝ち」という姿勢で、各地に強引な手法で建設を進めています。その結果、風力発電施設が原因と思われる被害を受けても、住民は事業者にも行政にも見捨てられ、途方に暮れているのが現状です。
 風力発電は「CO2削減」という名目で国策として推進されていますが、実際には無風状態では発電せず、いつどれだけ発電できるか、人知でコントロールすることがまったくできないという致命的な欠点をもっているため、電力の安定供給を維持するためには、火力発電など、他のバックアップ電源が不可欠です。というよりも、風力発電を主軸に電力供給をすることはできません。このことは欧米の専門家たちも繰り返し指摘してきており、「風力発電を増やせば、実際にはそれに起因する出力変動を補うための火力発電所を増やす必要があり、資源浪費につながる」という主張を展開するメディアも、ヨーロッパを中心に複数存在します。
 風力発電施設建設に関して、以下の大きな問題が存在しているにもかかわらず、建設にあたっての法律、条令などの制限がないことが無秩序な建設につながっています。風力発電のガイドラインを明確にし、早急に法的整備をしてください。
 
 1. 風力発電施設建設による地形の破壊、森林の喪失
 
 風力発電施設建設に際し、送電塔の建設、道路の拡幅、資材置場や掘り出した残土の捨て場などのために、貴重な森林の大規模な伐採が行われ、その結果、土砂崩れ、土壌の流出、飲料水や海水の汚染などの深刻な環境破壊が始まっています。
 近隣住民のみならず地域全体の住民への被害、多様な生物への悪影響、景観の破壊による観光への悪影響などが想定されますが、風力発電施設は環境影響評価法(アセス法)の対象事業になっておらず、そのため、環境への影響を適切に測ることなく建設された風力発電施設が多くあり、被害が多数報告されています。
 
 2. 巨大風車の回転による近隣住民への精神・肉体両面への深刻な影響
 
 巨大風車からは低周波・超低周波音が発生し、近隣住民に健康被害をもたらしています。現実に、巨大風車周辺住民には、抑鬱、無気力、極度の不眠、頭痛、血圧上昇、嘔吐、耳鳴りなど、様々な健康被害が発生していて、事故などで風車が止まれば症状も緩和、あるいは消えるということが分かっているにも関わらず、「(風車との)因果関係が証明できない」「騒音公害の基準値以下の測定値である」などという理由で、被害住民の訴えは完全に切り捨てられています。
 その他、風車の回転するブレードが作り出す影、夜間の航空標識灯のストロボ現象による不快感、圧迫感は、実際その現場を見ない者には想像を絶するストレス源となっています。 救済策がない状態のまま、人家のそばに巨大風車群の建設を許すどころか、補助金をつけて国が奨励している現状は、まさに国民不在の政治と言わざるをえません。

 3. あまりに簡単に起きる事故
 
 すでに建設された風力発電施設では、現在、多くの風車が事故や故障で止まっています。風速60メートルの風にも耐えるといわれている風車のブレードが、実際には風速20メートル程度でも簡単に折れたり脱落したりしているのです。中には、無風にもかかわらず、風車が根元から倒壊するというお粗末な事故さえ起きています(青森県東通村)。
 風車の耐用年数は15~20年とされていますが、実際には試験運転中に羽根が脱落するなどしており、中には修理を事実上断念しているのではないかと思われるケースも多数あります(御前崎港町営風車、三重県ウィンドパーク美里など)。
 台風が少なく、安定した偏西風が吹くヨーロッパで設計された風車は、風が安定せず、山地が多い日本の風土に合っていないからだとも言われますが、巨大風車がもつ根源的な脆弱性とも考えられます。樹脂製の羽根の弱さだけでなく、絶えず変則的な力を受ける発電機の寿命も短く、トータルで考えたときの発電効率、コストパフォーマンスに大きな問題を抱えていると言わざるをえません。
 耐用年数を過ぎて巨大な処理困難ゴミとなった廃風車を撤去する費用をどこが出すのかという基本的な問題さえ確認しないまま建設された施設も多数あります。最後に責任をとるのは誰なのでしょうか。
 
 4. 出力変動が大きすぎるという根源的弱点

 風力発電は、風が吹かなければ発電量はゼロであり、風がいつ吹くかは誰にも予測できません。電力使用量の少ない夜間に強風が吹けば、「いらない電気」を作り出すだけで、買電義務を負わされた電力会社は、ただでさえ余剰電力対策に困っている夜間の出力調整に苦労させられます。いちばん電力を必要とする真夏の日中は無風であることが多いため、風力発電がどれだけの定格出力をもっていようがまったく関係なく、風力からは電気が来ないために、従来通りの火力、水力など、他の発電施設をフル稼働させるしかありません。
 出力変動の問題を解決するには巨大な蓄電施設の併設などが理論上考えられますが、これは費用対効果の点でまったく問題外です。
 風力発電施設を増やせば増やすほど、その出力変動に備えて、既存の火力発電所は発電と停止を繰り返す、極めて燃費の悪い運転を強いられ、結果としては資源の浪費になります。計画発電していれば最大限の燃費で運転できる火力発電所が、風力発電が系統につながれてしまうと、燃料を無駄遣いしなければいけなくなるのです。
 実際に、ドイツでは風力発電施設の増加に伴い、何十箇所もの石炭火力発電所が増設されているとの報告もあります。現在PRされている「風力発電によるCO2削減政策」には、こうした実態が一切隠されています。
 
 5. 生物多様性へのとりかえしのつかない悪影響
 
 風車が野生生物に及ぼす影響としては、いわゆる「バードストライク」(野鳥の衝突死)が有名で、実際に日本国内でもすでに多くの事例が確認されています。
 バードストライク以外にも、風車建設地が山地である場合は、野生生物が棲めなくなり、里に下りてきて農作物に被害を与えたり、繁殖地を奪われて地域内で種が絶滅するなど、計り知れない悪影響があります。国定公園地域内や、水源涵養保安林をわざわざ解除して建設するなどの事例も数多くあり、すでに日本の山間部は巨大風車で多大な環境破壊を受けています。
 
 
 以上、大まかにまとめましたが、上記の理由の他にも、風力発電施設の建設には慎重にならざるをえない要素、未知なる問題点が多数存在します。こうした深刻な問題点を放置し、いたずらに税金を投入して推進することは、取り返しのつかない結果を招きます。まずは冷静に風力発電事業を見直すことが必要です。そのための好機とすべく、風力発電施設への補助金交付制度の抜本的な見直しを以下のように、強く要望いたします。

一. 風力発電施設建設に対する補助金交付制度を即時凍結し、風力発電が多額の税を投じる価値のあるものかどうか再検討してください。

二. 補助金申請が採択され現在建設中の風力発電施設について、補助金申請に関わる手続きの不備や違法行為、近隣住民の低周波音被害、野生生物への影響、自然破壊などの問題がないかどうかを早急に調査し、問題のあるものについては採択決定を取り消し、審査をやり直してください。

三. すでに設置された風力発電施設について、補助金申請にかかわる手続きの不備や違法行為、近隣住民の低周波音被害、野生生物への影響、自然破壊など問題がないかどうか早急に調査し、問題のあるものについては、交付された補助金の返還を命令し、風力発電施設の速やかな撤去と建設地の原状復帰を指導してください。


呼びかけ人 加藤登紀子(嶺岡平久里の風力発電を考える会 代表 千葉県鴨川市大山平塚乙2-732-2 電話0470-99-9011)
賛同団体・賛同者 福島県自然保護協会(福島県)、嶺岡平久里の風力発電を考える会(千葉県)、千倉の風力発電問題を考える会(千葉県)、残土産廃問題ネットワークちば(千葉県)、きさらづ市民ネットワーク(千葉県)、市原市民ネットワーク(千葉県)、袖ヶ浦市民ネットワーク代表(千葉県)、反焼却市民の会 横浜(神奈川県)、逗子考える市民の会(神奈川県)、熱川風車被害者の会(静岡県)、風車問題を考える住民の会(静岡県)、伊豆半島くらしと環境を守る連絡会(静岡県)、三筋山風力発電を考える河津町民の会(静岡県)、南豆の和(静岡県)、ドンキホーテの会(静岡県)、風車からふるさとを守る婦人の会(静岡県)、風車から健康と環境を守る住民の会(静岡県)、伊豆山並み景観研究会(静岡県)、伊豆の自然を考える会(静岡県)、伊豆熱川風力発電連絡協議会(静岡県)、風力発電を考える会(愛知県)、五並地区の環境を守る会(愛知県)、M&D風力発電被害者の会(愛知県)、五並女性の会(愛知県)、日本野鳥の会和歌山県支部(和歌山県)、宇久・若いもんを支援する会(長崎県)、三盛山の風力発電に反対する会(長崎県)、ふるさと自然の会(長崎県)、水俣・風力発電を考える会(熊本県)、たくきよしみつ(作家/ノーウィンドファームネット・福島県)、小塚勝昭(高田島農縁/檜山高原風力発電を考える会・福島県)、大塚しょうかん(建築士/木こりの家プロジェクト・福島県)、池田守(木工・福島県)、浅田正文(あぶくま農業者大学校・福島県)、飯田裕子(写真家・千葉県)、寺本怜子(千葉県)、永六輔(放送タレント・東京都)、前川真帆香(東京都)、吉田正人(東京都)、竹内晶洋(自営業・東京都)、槌田敦(物理学者/環境経済学者・神奈川県)、鶴田由紀(フリーライター・神奈川県)、小林悦子(神奈川県)、鹿島佐貢子(神奈川県)、今大地晴美(敦賀市議会議員・福井県)、久保哲夫(福井県)、岡安純子(長野県)、川上昭一郎(静岡県)、小沢祐子(岐阜県)、工藤省三・直子・櫻子(静岡県)、加嶋尚美(静岡県)、小針兼人(静岡県)、杉山智之(建築家・静岡県)、英みどり(静岡県)、横田純一(静岡県)、今井弘司(自営業・静岡県)、橋本裕子(有機農家・愛知県)、坂口のり子(風力発電・産廃「お勝手口」・愛知県)、沖章枝(愛知県)、大羽康利(愛知県)、渡辺則子(豊橋市議会議員・愛知県)、大河剛(愛知県)、伊藤善規(愛知県)、丸山直希(愛知県)、北河伸太良(愛知県)、海住恒幸(松阪市議会議員・三重県)、武田恵世(三重県)、波戸賢一(自営業・兵庫県)、津野修一(和歌山県)、白井修司・綾子(和歌山県)、白井信彦・久美子・文代(和歌山県)、白井孝志(和歌山県)、武内敏雄・千寿・かずへ・啓和・雅志・直人(和歌山県)、藤田俊児・よし子・紫恩・奏音(和歌山県)、高垣由美子(和歌山県)、黒田街子(和歌山の“いのち”と“景観”を危惧する者たちの会代表・和歌山県)、永山伸一(自営業・山口県)、大岩康久(愛媛県)

ストップ!風力発電

ストップ!風力発電 鶴田由紀・著

かつて北欧を旅行したときに見た洋上風車の風景に感動し、環境問題に目覚めて、帰国後、市民風車への献金をしようとした著者が、風力発電の恐ろしさ、馬鹿馬鹿しさに気づき、隠された真実を、今、淡々と報告する。「大変な問題なのに、ほとんどの人はまったく知らない」ことの恐ろしさを訴えるために。
全国の「風車ファン」必読の書。もちろん、風力発電懐疑派のかたにとっても最良のガイドブック。
アットワークス刊、1200円+税   注文はこちらから  


風力発電の不都合な真実

風力発電の不都合な真実 風力発電は本当に環境に優しいのか? 武田恵世・著

三重県で長年自然環境調査活動を続けてきた著者は、当初は広くPRされているように「風力発電は化石燃料を使わない、CO2を排出しない「環境に優しいエネルギー」だと信じていたが、目の前で展開される巨大風力発電施設建設のでたらめぶりに驚き、調査を開始。11年を経て、この事業がいかに欺瞞に満ちた詐欺的なビジネスであるかを知って戦慄する。
現在推進されている風力発電ビジネスは、CO2排出を増加させ、健康被害を引き起こし、補助金政策に頼り切る「使いものにならない」事業だった。原発震災に揺れている今こそ全国民が「正しいエネルギー政策」を考える第一歩として必読の書。
アットワークス刊、2000円+税   注文はこちらから  

このブログについて

環境条件がまったく合わないのを無視して、巨大風車群を無理矢理建設し続けることにより、日本は破壊されている。日本における風力発電ビジネスの実体に迫る。

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