南伊豆風車紀行(1)2010/01/22 14:49

南伊豆の風車現場を見てきました。
日帰りのつもりだったのですが、風車が目の前に建ち、もはや住めなくなってしまったご夫妻の家に一泊させてもらえることに。
これが泊めていただいた離れの中↑
できたばかり。細部にまでこだわりを感じられるすばらしい家です。驚くことに、これは全部自力で、何年もかけて作ったものなのだとか。
将来、お母様の隠居所として造った離れなので、ベッドはひとつ。トイレ、キッチン、シャワールームがついています。母屋も含め、材木の多くは、近隣の林の間伐などで切り倒した木を自分で製材して使ったのだそうです。
ものすごいエネルギーだなあと、ひたすら感嘆するばかり。
川内村の友人たちも、家は自分の手で作ったというケースが多く、「家は自分で建てるもの」という感覚には慣れてしまっているのですが、母屋も含め、これは、今まで見てきた中でも、特選クラスの「作品」です。

夕方出発したのですが、伊豆半島の付け根から先端までは、どう頑張っても2時間以上かかります。着いたのは夜9時近かったでしょうか。
真っ暗で風車は見えません。山の上に警告灯が点滅していて、ああ、これか……と分かっただけ。
闇の中でも、距離があまりないことだけは感じられました。
数日前まで、ぶんぶん回っていて、家の中にはとてもいられない状態だったそうです。ところが、昨日今日はピタッと風がやみ、嘘のような静けさに。まだ試験運転中ということもあり、風車群(2000kw×15基)の大半は止まっていました。
ほっとしたような、経験できずに残念なような……。
おかげで、この夜はしっかり安眠できました。

……で、翌朝、窓を開けてビックリ。

カーテンを開けると、いきなり目の前に風車が……


外に出て確認してみる。はああ~……


直線距離は440m


かなり大型の猛禽類が一羽、のんびりと止まった風車にまとわりつくように飛んでいた


これじゃあ、バードストライクも起きるわけだよね


遊んでいるつもりなのか、偵察のつもりなのか……




風車からの送電線と鉄塔は、ヘリコプターが空中輸送して建設したものです。
ああ、これが……と、見上げながら、昨年(2008年)3月末、ケータイから打たれた11KB(400字詰め原稿用紙20枚以上!)のメールを受け取ったときのことを思い出しました。あまりに悲惨な内容に、思考が停止してしまうほどの衝撃を受けたものです。
一部を抜き出してみます。(転載についてはご本人の承諾を得ています)


私の家は海から1.5km程離れた小さな山合い、風のよく通る谷に位置します。
ホールのように円く山に囲まれた地形なので、鳥のさえずりがそのホール状の谷をサラウンドし、夜には洋上沖を通過する船の音が風に乗って届いてくるところです。
何もない、手つかずの小さな自然の残る地です。

私達夫婦はIターン組、つまり移住者です。

こつこつと自分達の手で何年もかけて建てた家で、住みながらつくりました。
なんだかんだと十数年経ちまして、やっと落ち着いた日々となったところでした。年老いた母もゆっくり住めるようにと、次につくり始めた2棟目ができたばかりのところです。

1年前のある日、どうも山がざわつく、何かおかしい。こちらからは見えないが山の裏で何をやっているンだろう?…と気付き、町に尋ねて初めて、風力発電施設建設位置が自宅から近い事を知りました。
すぐさま事業者を呼びつけ問い正したところ、なんと、石廊崎から大瀬という地域にかけて、小さな山並の尾根を広大に削って風車が17基。それも景観にそぐわないほど巨大な風車(ベスタス・2.000kw・120m高・ブレード直径80m)を建てると言うのです。
その17基のうち6基が我が家の1km圏内にありました。

冬に吹く強い西風をあてこんで建てられる風車群の真東に我が家は位置しているので、全ての風車の風下となります。

そのうちの1基は家の正面目の前、190m高しかない小さな山の頂上を削って建てるとの事、そこから家までの間に遮蔽物は一切ありません。風車からの距離はタワーの中心ポイントから測って、たったの440メートルです。遮蔽物のない小山なので、体感距離はもっと近く感じます。

我が家は全窓西向き、西を正面とするので、全部屋のどの位置からもその巨大な風車1基は、すぐ目の前にそびえ覆い被さる形となります。
その風車のすぐ後ろに自宅から800mの距離でもう1基。正面左手には1kmで2基、正面右手にも1kmで2基と囲まれます。
(中略)
その上、こちらから問わなければ事業者は何も明らかにしないので、しばらくは知りませんでしたが、17基全ての風車が発電した22,000ボルトの電気を送る「高圧線」が、その目の前の山から走るとの事。
風車で満杯になってた頭の中に、追い討ちをかけるように「30m高の送電塔と送電線」までもが、自宅から200mの距離で正面から右手を囲むように数基建てられる事を知った時には本当に打ちのめされました。

私達は目の前に回転する巨大な人工物を建てられ、後ろに5基も控え、その風車群に囲まれた上に22.000ボルトの高圧線と送電塔にまで囲まれるのです!!

その後、その送電塔を建てる方法がヘリコプター建設である事を知ります。

目の前の山の後方に仮設ヘリポートができ、部材を吊り下げた低空飛行のヘリコプターが半年近くも往来するわけです。
なんと!我が家はヘリルートにすっぽり入っておりました。

(中略)

不安とやって来る苦痛を訴え続け、危惧の大きい号基の取りやめと送電塔の移動を申し入れ続けた1年でした。

いよいよ事業者側の工期が差し迫ると、こちらの要望は軽くはねのけ、「これ以上話をしても協議にならないと判断した。工期として進めないといけない時期に来たので、そろそろ工事に入る事を通告する」と一本の電話をよこしたきり、いきなり翌々日から目の前の山の岩を砕く物凄い音が谷合いをサラウンドし始めたのです。
この3月頭の話です。

現在、風車が来る前にもう既に耳の奥が痛い毎日です。
(後略)



人間、ひどい光景を見たり、あまりにも理不尽な話を聞いたりすると、ああ、これ以上知りたくない! と、拒否反応を起こします。あのときの私は、正直そんな感じでした。
ひどい話、悲しい話、やりきれない話は、世界中にいくらでもあります。アフリカの難民が飢え死にしているというようなニュース映像に接するときも、私だけでなく、似たような反応を示す人は多いと思います。
自分には何もできない。たとえ何か小さなことをしたところで、原因を作っている根本の部分(為政者の横暴や、権力者の金儲けのために弱い立場の人々の暮らしや命が犠牲になる社会の構造などなど)が変わらない限り、理不尽な不幸は際限なく再生産される……。
しかしこれは遠い国の話ではありません。同じことが、今、自分の住む村にも起きようとしている。
自分がそうなったときはどうすればいいのか、と想像するのが精一杯でした。

あれからまだ1年経っていません。風車群は完成し、昨年末から試験運転に入りました。
今、目の前に見えているのがそれです。
この日の穏やかすぎる天候と、のんびりした鳥の動きが、悲惨な現実とどこか乖離していて、「どうしようもないなあ」という、諦めの気持ちがどんどん広がっていきました。


母屋の玄関から見る風車


今日は回っていないので、猫ものんびり


リビングの窓から見える風車


移り住んで十数年。住みながらこつこつ自力で建てた家


この朝は風車が止まり、無事、朝食の準備もできたけれど……

このお宅で、今何が起きているのか……。
風車が回り始めると、このLDKにはいられなくなるそうです。
先日いただいたメールにはこうありました。


からだに与えられる風車からの影響は予測以上のもので、勿論…もはや安全・安心・健康なる居住空間ではなくなり、住める状態ではないというのが現実です。 (略) 生活環境だけでなく、生活基盤が根底から覆されています。 冬場の現在、伊豆半島はほぼ西の風となるのですが、我が家は風車全機の東側に位置し、生活時間が一番長い中心スペースであるリビングとキッチンが酷い環境となってしまいました。 私は船に弱いのですが、リビングとキッチンで船酔いです。脳みそから揺らされている感覚で頭の中が一杯になるので、キッチンにいると食事を作る段取りさえ組めなくなるのです。目と胸が圧迫され続ける感覚が、船酔いの上に乗っかる感覚で、吐き気が襲って食事が取れず、まだ症状がそう酷くない主人に頼んで毎回外食をしに連れ出してもらいます。 寝室は、不思議なことにキッチンやリビングほど、ぐるぐると撹拌されている感じや圧迫感は少ないのですが、全窓が風車に向かっている為、これがまた夜中の風切り音で眠れないのです。風切り音が弱くなって眠りにやっと着いたと思ったら、1時間もしないうちに再びジュワッ・ジュワッという刻み音に起こされてしまいます。
音は大きかろうと小さかろうと、同じ箇所で針が飛んで繰り返し戻るレコードor CDを聴かされているようで、自分の意思でOFFにできず毎晩眠らせてもらえないのは拷問だなぁ…と実感しています。
現在の回避策として眠る為には毎晩夜中に車を使って音源から離れる以外にありません。


実は、お宅を訪問する直前、「今から少し家を出ています。到着される頃までには戻りますので……」というメールがあったのですが、後で聞くと、ちょうど風が出てきて風車が回り始め、LDKにいるのが耐え難くなったために一時的に家から離れていたのだというのです。
お二人は、もうこの家を捨てて出て行くことを決断しています。それはそうでしょう。

自らの手で作り上げた家を捨てるというのは、単純にお金で換算できることではないでしょう。
しかし、事業者が補償に応じるのかどうかという基本的な問題すら、今は何も見えてきていません。
60代に入ったご主人は、どこかでまたゼロから始める気持ちは十分あると明るい顔でおっしゃっていました。
すごい人だなあと感嘆するばかりです。僕にはとてもとても、そんな元気はありません。
(その2へ続く)

南伊豆風車紀行(2)2010/01/22 15:14


幸か不幸か、この日はほとんどの風車が回っていませんでしたが、近隣の人たちの声を聞いたり、変わってしまった風景を見るために、南伊豆町の中を回りました。

海沿いの道に出た途端、こんな光景が車の前に現れます。↑↓


これを「観光資源」と考える人がいるとは……


大瀬漁港から見た風景


…………きれいに…………


「冗談みたいな景色だよね」と、港にいた人がつぶやいていた


……近い……


山から山へと渡る送電線。これだけでも十分不愉快な景色


この集落は背後に風車群を抱え込む形に


軽自動車がぎりぎり通れるような細い道の両脇に家が建ち並ぶ


風景を見ているだけでなんだかめまいがしてきた


風車を眼前に、「子供たちのことをなぜ考えないのか!」と嘆く住民





この集落に住むひとりは、かつて産廃処分場問題で苦労されたそうで、ここに引っ越してきたとき「これだけ道が細ければトラックも通れない。ここなら産廃も来ないだろう」と考えたそうです。
ところが、山の反対側から風車が……。なんとも悲しい話です。

集落の一番奥に住むかたとお話ができました。
この家からいちばん近い風車までは540m。その風車も含め、家の背後に風車群が迫っています。
ところが、このかたのお話は驚くべきものでした。
試験運転が始まるなり、奥様がたちまち胸の圧迫感や頭痛、吐き気など、典型的な風車病(超低周波振動によると思われる健康被害)の症状に襲われたのですが、それがひどいのは、目の前の近い風車ではなく、北東方向にある1km離れた風車が回っているときだというのです。
試験運転中は、すべての風車を稼働させているわけではなく、何基かは止めて、何基かを動かすということを繰り返しやっています。
止めた風車の羽根(ブレード)は、羽根の付け根を回転させて、風を羽根に受けないようにします。
風が、 ↓↓ こう吹いてくるとすると……、
羽根を風に向かって(つまり風車の正面に対して) / ではなく、| のように傾けて、風をそのまま素通りさせるわけです。
風車を真上から見たとして、

   ↓↓↓      ……風がこう吹いているとき、
    /       ……ブレードの角度がこうなっていると風を受けて回るわけですが、

   ↓↓↓      ……風に対して、
    |       ……このように羽根をまっすぐにしてしまえば、

風は通り抜けてしまい、ブレードはほとんど回らない、というわけです。
ですから、止まっている風車は、回転していないだけではなく、正面から見たとき、羽根が細くなっているので分かります。
いちばん近い風車(家から540m)がぶんぶん回っているときは、音はすごいものの、身体が受けるダメージはそれほどでもなく、それが止まっていて、北東方向の1km離れた風車が回っているときのほうがダメージがはるかに大きいというのです。
これは予想もしていなかった話でした。
風車の低周波被害は、単純に近ければ近いほどひどいだろうと思っていましたが、そう単純なものではないということなのです。
問題の1km離れた風車というのは、そのお宅からはある場所に立つと、山と山の間に姿が半分くらい見えてきます。おそらく、そこから家までのびる谷戸が、バックロードホーンのような働きをして、低周波の通り道になり、あるいは増幅させるような効果を持っているのかもしれません。

似たような証言は他の家でもあり、風車が山陰に隠れて見えない、1.5kmくらい離れた家では、その見えない風車からの音は聞こえないのですが、回っているとき、ぴったり連動して住民が吐き気や胸の圧迫感、頭痛、耳鳴り、目眩などに襲われていることが分かったそうです。
そのかたは、当初、見えない風車のことなど気にしていなかったのですが、昨年暮れから急に、そして、あまりに頻繁に気持ちが悪くなるので、体調がおかしくなる時間帯を記録していたところ、それが風車の稼働している時間とぴったり重なったのです。

今、風車の周辺の住民たちの間では、様々な疑心暗鬼が渦巻き始めています。
はっきり聞こえない音で体調がおかしくなることなどあるのだろうか……。しかし、風車が稼働してから、突然、身体がだるくなったり、音もしないのに圧迫感に襲われて眠れなくなったり、吐き気や頭痛に襲われることが多くなった。これはやはり風車のせいではないのか……。しかし、風車が目の前にある××さんの家などと違って、我が家は風車が見えない、少し離れた場所にある。うちでクレームなど言いだしたら、まるで補償目当てのように、変に思われるのではないか。村八分にされるのではないか……。いやいや、△△さんの家は、黙っているけれど、業者とこっそり示談金交渉をしているらしい。うちも黙っていたらバカみたいだ……。

静かに仲よく暮らしていた住民たちの間に、こうした、声にならない声が溜まっていっているというのです。
一人の住民はこう言っています。

「風車への恐れは時間と共に疲れとなり、やがては、大きな渦の中で諦めに変わっていくんです。周りの人たちがそうなっていくのを、今までずっと見てきました。
風車直下の地区は勿論のことですが、風車から遠く離れていても、送電塔や送電線埋設の問題が出現した地区などでは、平和だった土地の住民が利害を巡って無理矢理二分され、不和が生じ、人々の中でどんどんタブーが増えていくんです。
地区が二分しないようにどんなに気をつけても、一旦受け入れてしまい、異常な事業が続けば、二分は避けられません。しかも、それは風車がそこにある限り、ずっとつきまといます。
伊豆のあちこちですでにそうした問題が生まれてしまいましたが、稼働が続き、苦しむ人が増えていけば、さらに根は深くなります。
それをまのあたりに見続けてきました。悔しいですが、全部予測できたことなのに、結局は何もできず、何も救われず、ここまで来てしまいました。
試験運転で風車が稼働した途端、それまでの精神的な苦痛以上に、現実的な身体の苦しみが襲ってきて、今はもう、思考もまともに働かず、ただただ疲れ、打ちのめされ、逃げまどうだけの日々です」

風車はまだ試験運転の段階で、本格稼働はこれからです。一部をこわごわ(?)動かしている今でさえこれだけの被害が出ているのですから、全機が一斉に動き始めたら一体どういうことになるのでしょう。
町はすでに、苦情や相談は事業者との個別交渉へと導き、諸手を挙げて誘致した自分たちの責任から逃げることで精一杯のようです。
隣の下田市は、市長が風車を拒否する姿勢を貫いていて、住民説明もろくにしないまま、早い段階で誘致した南伊豆町とは対照的です。行政の責任者がどれだけまともな感性、判断力を持っているかで、住民の運命はこうも違ってくるのだと、痛感させられます。

別の住民(70代くらい?男性)は、私の目をまっすぐに見つめ、繰り返し繰り返し言っていました。

「建てられてしまったらおしまいです。何を言っても、何をやってもだめ。とにかく、絶対に建てさせないこと。建てられたらもう遅いんです」

このかたは、ご自分は今のところ目立った体調異変はないそうですが、奥様がたちまち体調を崩し、今は半別居状態になってしまいました。
彼はまた、こうもおっしゃっていました。

「ぼくは今のところ元気だし、ひとりでもここに住んでいこうと思っているけれど、小さいお子さんやお孫さんがいらっしゃるかたたちがしっかり声を上げないのが不思議でしょうがない。孫子の時代のことを真剣に考えていないんじゃないですか。子供たちが住めないような土地にして、どうするんですか」

本当に、この町はどうなっていくのでしょうか。ゴーストタウンになるのか。それとも、風車病の町として有名になるのを恐れ、残った住民たちが箝口令を敷き、どんどん閉鎖的になっていくのか……。
町の中を回っているうちに、見たくないものを見てしまった、知りたくないことを知ってしまったという、何とも言えない重たい気分に襲われていきました。
そう、まさにこの感じ、このどんよりした空気が、今、全国の風車現場で広がっているのです。わが村でも、まったく同じです。



目の前のこれらの風車が回っているときより……


右端の山と山の間に見えている遠くの風車が回ったときのほうがダメージが大きいという



山の中に入っていく道を進むと、風車の建設現場の爪痕も見ることができます。
この沈砂池↓は、工事のとき、大量の泥水が海や住宅地に流れ込んだため、対策として作られたものですが、大雨の後はこれがあふれてしまい、さらにもう一つ作ったそうです。
これも全国の風車建設現場で起きている典型的な公害。滝根小白井ウィンドファームでも、建設中から降雨後の泥水流出がひどく、下流の夏井川では岩魚や山女が産卵できなくなり、夏井川漁協が事業者に補償を求めました。



沈砂池ひとつではとても間に合わなかった泥水流出公害


ここもこんなに近くに……


頑張って声を上げている人たちもいる


「お尻(ナセル)がこっちを向いたときが怖い」と住民は言う。
自分の家が風車に対して風下になったとき、という意味だ


強風や落雷で羽根がちぎれ飛んだときは、この道など直撃の可能性もある


風車と風車の間隔が狭すぎて、相互干渉は必至だろう
「建ててしまえばなんでもいい」という姿勢が見える



間近に風車を見ているうちに、だんだん気持ちが悪くなってきてしまいました。見ているだけで気分が悪くなるのですから、ぶんぶん回っているときはどういうことになるのか……。
車で通過する人は、「下田を過ぎたあたりで気分が回復した」という人もいるとか。なるほど、よく分かります。

(その3へ続く)

南伊豆風車紀行(3)2010/01/22 15:41




石廊崎の先端を回って、中木という集落に向かってみました。
途中の海岸沿いの道(県道16号)では、海からの風の強さをよく示す、こんな風景に出くわします。
シュロの木?が、全部山側に曲がっていますね。この風を受けて風車が回るとき、住民の苦しみも上昇するわけです。


奥石廊崎から見た風車群


自然の宝庫 という文句が悲しい
南伊豆町はかけがえのない宝物を
自らの手で簡単に壊してしまった


三坂漁港からの風景


この風景はやはり狂っているとしか思えません。
壊れた風車を修理に来たドイツの技師が、日本での風車の建て方を見て唖然としていたという話を思い出しました。ヨーロッパでは、こんな場所(住居が近隣にある山間の地)に風車を建てるなんて、絶対にありえないことだと。
要するに、とんでもない勘違いをしているのですね。
かつて、台所用の液体合成洗剤が発売されたとき、それでせっせと野菜や果物を洗っている家がいっぱいありました。今ではそんな恐ろしいことをする家はないでしょうが、ベトナムなどでは今も日本から輸出された合成洗剤で野菜を洗っている光景が普通に見られると聞いたことがあります。
山間部に建てられる風車は、それに似ています。よきことと信じて、とんでもない勘違いをやらかしている。
近い将来、「バカみたいだったねえ、あれは」という話になっているのでしょうが、それまでに破壊される自然や、苦しみを押しつけられる人々のことを思えば、とても笑い話ではすまされません。
あまりのばからしさに、どっと疲れが出てきました。
風車建設現場の悲劇を、高速道路建設で立ち退かされた人たちの悲劇と同じだと言う人たちがいます。
可哀想だけれど、社会全体の発展、環境保護のためには仕方がない。誰かが犠牲になって、社会全体の発展や利便性向上をはからなければ、日本はここまでやってこれなかった……と。
でも、それは違うのです。
道路建設など、多くの公共事業には、デメリットもありますが、それによって社会の利便性が上がるというよき面があります。高速道路が山を破壊するのはデメリットですが、それによって大渋滞が解消されれば、無駄な燃料消費や大気汚染が減り、人々の労働エネルギーの節約にもなるでしょう。そのメリットのためになされる事業です。
しかし、風力発電施設にはそうしたメリットがほとんど見込めません。
効率の悪い発電方式を、無理矢理、税金を投入し、法律で優遇(高額買い取り義務など)し、推し進めているわけですから、結果として、環境破壊はますます進み、エネルギーも無駄に使うことになってしまいます。そのことは、別稿でさんざん論考してきましたので、ここでは繰り返しませんが、このことだけは間違えてほしくないのです。
日本の山間部に建てられる巨大風車は、「必要悪」ではなく、完全な「不必要悪」なのです。

今回の訪問で分かったこと、印象に残ったことをまとめておきます。
  • 巨大風車にとって、1kmはごくごく近距離である。2kmは完全危険範囲。3kmも安全圏ではない
  • 耳に聞こえる低周波騒音(ブ~ンといううなり音や、ジュワッジュワッという風切り音)もこたえるが、やはり耳に聞こえない超低周波(20Hz以下)のエネルギーが与える健康被害が深刻である
  • 超低周波による健康被害は、単純に距離が近ければダメージが大きいというわけではなく、地形や位置関係が複雑に関係している。つまり、事前にシミュレーションすることはほとんど不可能である
  • 工事が着工したらあっという間に取り返しがつかない風景となる。その前に止めないと、どうにもならない

南伊豆町の風車群は、まだ試験運転段階です。これが本格稼働したら、東伊豆町や田原市などの被害同様、あるいはそれ以上のひどい状況が出現することでしょう。
すでにこれだけ被害が出ている以上、住民の安全を守るには、住民を完全移転させるか風車を止めるしかないわけで、事業として成立しえないことも明白です。
事業者はお金を持っているでしょうから、ここがビジネスとして成立しなくても大丈夫なのかもしれませんが、町の行政は、とんでもない問題を今後ずっと抱えていくわけです。観光地としても致命的なダメージをすでに受けてしまいました。これから一体、どうするつもりなのでしょう。

同じ道を、私が住む阿武隈も歩むのだろうかと思うと、どっと疲れが襲ってきました。
田村市といわき市にまたがる滝根小白井ウィンドファームは、ほぼ完成に近づいています。
南伊豆町と同じ、2000kw風車ですが、基数はさらに多い23基です。
檜山高原も2000kwが14基。
これらはもう止められません。行政の手によって水源涵養保安林が解除され、私たちの税金が注ぎ込まれ、進められてきました。もうすぐ完成し、稼働します。
南伊豆町と同じ風景、同じ苦しみが、我が家の周りで始まるのです。

のどかな天候なのに、なんとも気分の重い伊豆紀行となりました。
もうだめだな……。
その思いだけが、べっとりと体中に貼り付いています。
風車問題を知り、いやが上にも調べなくてはいけなくなってから、もうすぐ1年が経ちます。
正直、ほとほと疲れました。

いっそ、まったくなかったこと、見なかったこと、知らなかったことにして、この問題には一切沈黙したいと、何度も思いました。
ひとつ書けば、誹謗中傷のメールやWEB上での攻撃が増え、仕事面では完全に無視され、干されていきます。
しかし、最後はやはり、素直な気持ちになって、ひとりでも多くの人にこの現実を伝えたほうがいいと思い直し、これを書いています。
大きな嘘ほど、見抜けなくなると言います。
風車のある風景を配した広告は、増えるばかりで減る気配はありません。こんな時代がいつまで続くのでしょう。
ここに掲載した「風車のある風景」の写真を、素直に見てください。これが「地球環境を救う」景色だと感じられますか?
人間として、一生物としての直観を大切にして生きていきたいものです。

ストップ!風力発電

ストップ!風力発電 鶴田由紀・著

かつて北欧を旅行したときに見た洋上風車の風景に感動し、環境問題に目覚めて、帰国後、市民風車への献金をしようとした著者が、風力発電の恐ろしさ、馬鹿馬鹿しさに気づき、隠された真実を、今、淡々と報告する。「大変な問題なのに、ほとんどの人はまったく知らない」ことの恐ろしさを訴えるために。
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風力発電の不都合な真実

風力発電の不都合な真実 風力発電は本当に環境に優しいのか? 武田恵世・著

三重県で長年自然環境調査活動を続けてきた著者は、当初は広くPRされているように「風力発電は化石燃料を使わない、CO2を排出しない「環境に優しいエネルギー」だと信じていたが、目の前で展開される巨大風力発電施設建設のでたらめぶりに驚き、調査を開始。11年を経て、この事業がいかに欺瞞に満ちた詐欺的なビジネスであるかを知って戦慄する。
現在推進されている風力発電ビジネスは、CO2排出を増加させ、健康被害を引き起こし、補助金政策に頼り切る「使いものにならない」事業だった。原発震災に揺れている今こそ全国民が「正しいエネルギー政策」を考える第一歩として必読の書。
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環境条件がまったく合わないのを無視して、巨大風車群を無理矢理建設し続けることにより、日本は破壊されている。日本における風力発電ビジネスの実体に迫る。

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