これ以上資源の無駄使いはやめてください2009/11/20 14:27

白滝山(山口県)のウィンドファームは、今年の補助金申請でCEF案件としては唯一(継続で)認められたものですが、ついに20基全部が建ってしまいました。(上の写真はサイト運営者に使用許可を得て転載しています)。
この景色を見て、おかしいんじゃないかと感じない人は世の中にどれくらいいるでしょうか。

白滝山もそうですが、最近、巨大風車ブレードが「自然落下」?したのではないかという報告が全国あちこちから入ってくるようになりました。
白滝山の現場でも、実際ブレードが1枚落ちたままの風車が写っていますね↓

↑羽根が1枚ない
青山高原のウインドパーク美里(2000kW×8基。ガメサ製。ローター直径80m)でも、一基のブレードが今年(2009年)8月中旬に、突然、なんの原因らしい原因も考えられないまま落下したという情報が伝わってきています。目下、新聞記者が取材しているとか。
ウインドパーク美里は、8基のうち6基が今年2月から故障した(昨年9月から故障したままのものもある)まま放置されているという、惨憺たる状況を呈していますが、事業者はさらに隣接地に増設を計画しています
民主党の「事業仕分け」に、なぜこうしたものが入ってこないのか、不思議でなりません。

言動には責任を持ってください

最近、WEB上で私の名前をあげて誹謗しているブログなどが増えてきました。
それはともかく、村の中では、「村の将来を考えて、リスクが大きすぎる。私の責任で風車は受け入れられない」と明言し、各地区の住民に説明して回っている村長に対して、建設業者たちが「風車を受け入れるように」という要望書を提出するとか。
住民が首長に対して「風車を受け入れないでほしい」という要望書を提出している他の土地とはまったく逆ですね。恥ずかしい限りです。
自分たちに金が一時的に落ちれば、他の村民が暮らせなくなってもいい。村に人が住めなくなり、村が滅びてもいいというのでしょうか。村が存続できなくなって、土建業者だけが生き残るなどということはありえないのに。
彼らは、風車を受け入れたらどういうことになるのか知ろうとしませんし、説明しても聞く耳を持ちません。
挙げ句の果てには、風車に反対するなら村を出て行けとまで言います。

こうした言動をする人たちは、結果に対して自分が一生をかけて責任を取っていく覚悟があるのでしょうか。WEB上に好き勝手なことを書いている人たちにも、同じことを申し上げます。
私は実際に仕事を失うのと引き替えにこれを書いています。人間として、そうせざるをえないからです。
イメージにとらわれ、風車賛美を繰り返す人たちは、自分たちの過ちに気づいたとき、どう責任を取るおつもりなのでしょうか。

『日経エコロジー』2009年12月号に風車の健康被害についてルポを書いたルポライターのかたは、実際に、田原市の被害者宅に一泊し、夜中に目が覚めてしまうことや、翌朝、頭痛で目覚めた体験をもとに記事を書きました。
水俣市長は、議会で風車問題について質問され「それは私がこれから実際に伊豆や川内村を訪ねてから決める」と答弁し、実際、九州から遠路はるばる、我が川内村までやってきました。
川内村村長も、自ら伊豆半島まで足を運び、被害を受けている人たちに直接会って話を聞いています。
みんな、自分の言動に責任を持つため、実際に自分の身体で動いています。
その現場に居合わせもせず、データの裏を取ろうともせず、自分が信じたい情報だけを鵜呑みにして風力発電賛美を続けることは、犯罪に荷担しているのと同じです。
まずは立ち止まり、自分が「常識」だと思いこんでいる情報や知識がどれだけのものなのか、確認してみてください。
スマートグリッド、新型蓄電池……結構でしょう。しかしそれらは現段階では、「こうなればいいなあ」という願望に近いものであり、検証されたもの、実現できたものではないのです。
物理学の基本を無視した計画は、実現できません。
スーパーマンが石炭をぎゅっと握りしめてダイヤモンドに変えるというシーンがありましたが、そういうアイデアは、物理法則を無視した願望、妄想にすぎません。

エネルギー問題を「イメージ」でとらえてはいけない

エネルギー問題は、投入エネルギーに対してどれだけのエネルギーを取り出せるかという計算問題です。ところが、新聞の経済記事や科学技術記事でさえ、投入エネルギーのほうがはるかに大きくなり、採算が取れない技術を「夢の新技術」「新エネルギー」などと持ち上げているのをよく目にします。
こうなると、記事を読む側も、冷静に、日常生活の中で普通に培ってきた「まともな感覚」を呼び覚ませながら読むことが必要になります。
例えば、電池というのは、そもそも効率が極度に悪いため、移動用の電源など、固定電源が取れない場合にやむを得ず使うものです。そんなことは、現代人なら誰もが感覚的に分かっていることだと思うのです。
ところが、固定の発電所で起こした電気を溜めておくために電池を使うという話を「新技術」だと言われると、「それはいい!」と鵜呑みにしてしまう人がたくさんいます。これが、スマートグリッドなどという、素敵な呼び方がついてくると、なんだかよく分からないがすごいものなんだな、早く採用しろ、という気分にさせられるようです。
スマートグリッドという考え方は間違っていませんし、どんどん新技術を開拓していくことはよいことです。しかし、手段と目的が逆になってしまうことが多いことが問題です。送電網の総入れ替えとか、蓄電施設の建設とか、高温超伝導ケーブルであるとか、いろいろなアイデアが出てくること自体はいいのですが、そのために従来より多くのエネルギーを使ってしまうのであれば意味がありません。

エコカー減税などのてこ入れで売り上げが伸びているハイブリッドカーにしても、なぜ採用が高級乗用車ばかりなのか、考えてみたことはありますか。
ストップ&ゴーを繰り返し、トータルでは大変な燃料を使う都内のタクシーがどんどんプリウスに代わっていくのは当然のことでしょう。タクシー業界は競争の厳しい業界ですから、きれい事では動きません。実際に計算してみて、プリウスのほうがコストがかからないという結論を出したから導入するのです。多分、これは正しい選択でしょう(耐用年数の問題がまだ完全には実証されていないかも知れませんが)。
しかし、長距離輸送用のトラックや、その他商用車がハイブリッドカーに置き換わることはあるのでしょうか? 本当にエネルギー効率がよいというのであれば、そうした車ほど置き換わらなければ変ですよね。
日産は来年、高級車フーガにハイブリッドカーを投入すると発表しました。
省エネ型の小型車や、必要不可欠の商用車ではなく、お金持ち向きの高級乗用車をハイブリッドにするというのです。
高級乗用車の買い換えは、乗れなくなったからではなく、オーナーが「飽きたから」行われることがほとんどです。2万キロも走らずに自家用乗用車を買い換えてしまう裕福層にハイブリッドカーが売れても、地球規模の資源節約には結びつきません。大して乗らない車なら、あと10年、そのままずっと持っていてくれたほうが、資源節約に貢献するはずです。お金持ちが休みの日にしか乗らないような車がプリウスに置き換わったとしても、プリウスを新しく1台生産するのに使った資源やエネルギーのほうが、今までの車を乗り続けたときに使う燃費との差が生み出すエネルギー減よりはるかに大きいであろうことは、誰が考えても明らかなことです。
また、リチウムなどの、ただでさえ希少な資源を、自動車用のバッテリーに大量に使い続けることに不安はないのでしょうか。リチウムは石油以上に産出場所が偏在し、遠くない時期、枯渇するのが目に見えている資源です。
希少資源は、通信機器などのために、大切に大切に使っていかなければなりません。大型蓄電池に使う希少資源をケータイなどのバッテリーに使えば、一体何個分に相当することでしょう。

ここでもう一度、では、自動車よりはるかに巨大な、かつ、電気を作る大本である発電所という施設に電池を据え付けるという発想がまともなものかどうかを考えてみてください。
普通に考えれば、「おいおい待てよ……」と気づくはずです。しかも、風力発電で発生した電気を溜めるという電池の寿命は、風車よりも短いのです。冬の夜間に風車が勝手に発電した電気を、真夏の需要増大時にまで蓄電してとっておくとでも言うのでしょうか。馬鹿を言うのもいい加減にしてほしいものです。

今の文明を長続きさせるには、都合のよい「技術信仰」に期待するのではなく、なくなることが分かっている貴重な資源を少しでも大切に、長く使いながら、ソフト面での文明を発展させ、人間の欲望を満たしていく、幸福感を得る方向にシフトすることが不可欠です。
エコ替えなどといって、今使っているものを捨てさせてまで新しい需要を喚起し、従来型の大量生産・大量消費型の文明を維持しようとするのは間違っています
今使えるものを極力長く使いながら、新しいアイデア、ソフト、ひいては「思考や想像の喜び」を生みだしていく。それ以外、今の文明を長続きさせる道はないと、私は考えます。
困難な道であっても、現実から目を背けていては、文明の寿命を縮めるだけです。
風力発電賛美、新エネルギー信仰(振興ではなく「信仰」)は、従来型の大量生産・大量消費型文明の終焉を認めたくない人たちが悪あがきし、滅亡を早めるだけの愚行です。
これ以上、貴重な資源を浪費し、大切な自然環境を破壊する行為はやめようという声を、一緒に上げようではありませんか。

ストップ!風力発電

ストップ!風力発電 鶴田由紀・著

かつて北欧を旅行したときに見た洋上風車の風景に感動し、環境問題に目覚めて、帰国後、市民風車への献金をしようとした著者が、風力発電の恐ろしさ、馬鹿馬鹿しさに気づき、隠された真実を、今、淡々と報告する。「大変な問題なのに、ほとんどの人はまったく知らない」ことの恐ろしさを訴えるために。
全国の「風車ファン」必読の書。もちろん、風力発電懐疑派のかたにとっても最良のガイドブック。
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風力発電の不都合な真実

風力発電の不都合な真実 風力発電は本当に環境に優しいのか? 武田恵世・著

三重県で長年自然環境調査活動を続けてきた著者は、当初は広くPRされているように「風力発電は化石燃料を使わない、CO2を排出しない「環境に優しいエネルギー」だと信じていたが、目の前で展開される巨大風力発電施設建設のでたらめぶりに驚き、調査を開始。11年を経て、この事業がいかに欺瞞に満ちた詐欺的なビジネスであるかを知って戦慄する。
現在推進されている風力発電ビジネスは、CO2排出を増加させ、健康被害を引き起こし、補助金政策に頼り切る「使いものにならない」事業だった。原発震災に揺れている今こそ全国民が「正しいエネルギー政策」を考える第一歩として必読の書。
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このブログについて

環境条件がまったく合わないのを無視して、巨大風車群を無理矢理建設し続けることにより、日本は破壊されている。日本における風力発電ビジネスの実体に迫る。

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